「ひと・人」キャプテン☆ヤマナカ 山中 雅也さん: アメリカ空軍パイロットからデザイナーへ
2022/04/04 04:27:00 |
ひと・人 |
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名前:キャプテン☆ヤマナカ (本名: 山中 雅也)
出身: 兵庫県姫路市→ 航空自衛隊航空学生
経歴:航空自衛隊航空隊→アメリカ空軍(北太平洋艦隊第3混成独立飛行隊)→ フランスへ → Christian Dior Collection → Cirque du soleil → 独立, MONTESAINT.LLCを創業。
趣味:戦略・人間学の探究。音楽・映像の制作。旅。映画鑑賞
パイロットにあこがれて・・
若いときから、将来はパイロットになりたいと思っていて、「ただ」(無料)で夢を叶える方法を考えたところ自衛隊だ!と思い入隊を目指しました。
自衛隊の試験は、17歳から受験可能で全国で試験が行われ、学科試験で各県2名ほどが合格、最終的には全国で10名程度と狭き門です。実技テストでは、いきなり「操縦」をまかされます。これは「操縦」を習って、技術やセンスをみられるわけでなく、はじめて搭乗し予期しない墜落状況でパニックになるかどうかをみるそうです。そんな狭き門とあとで知りましたが、当の自分は、おもしろいテストだなと思いながらきづいたら合格していました。
「HERO」 を目指して、アメリカ空軍へ
「世界を支配する悪を倒して明るい社会に変えるHEROになる」と当時は思ってましたが、私が入った時の自衛隊は、自分のあこがれる「正義の HERO」のイメージとは違っており、ここで働き続けていていいのだろうかと考えていました。そんな時に、航空誘導技術を教えてくれていた教官と出会いました。彼はアメリカ空軍からきており、所属が情報司令部のかなりえらい方でしたが、まったくきどらず素晴らしい人柄でした。その教官に、悩んでいた自分の気持ちを伝えたところ「ぼくのところ(アメリカ空軍)にくれば」と声をかけてもらい再び「超難関」といわれる試験に挑戦しました。今回は、自衛隊のテストのときと違い、コネを上手く活用しながら(笑)合格をもらい、晴れてアメリカ空軍の実戦部隊に所属することになりました。
アメリカ空軍でみた現実
アメリカ空軍には12年所属し、リアルな戦争を体験してきました。戦争というと、戦闘航空機が空中戦で戦うというイメージがあると思いますが、目にみえている戦いは「デモストレーション」といい、本当の戦争は実は違います。デモストレーション実施の前や裏で戦略を立てており、その戦略こそが勝つための戦争です。空軍で私は、6年間は実践部隊に所属したあと、情報司令部で戦略をたてる仕事をしていました。まさしく戦争に身をおいていました。
長い間所属していれば階級もあがり、みんなが知っている有名な戦争の戦略に携わるようになり、その戦争では、「戦争を長引かせる」ための戦略をたてるようなこともありました。正義の HERO を目指して移ったアメリカの空軍で、世界の正義として立案した戦略で多くの戦闘が行われ、その結果は、悲しい思いをする子供や人々を目にすることになりました。涙する人々をみて、これはやはり正義ではないと感じ始め、アメリカ空軍でも自分が求める「正義=HERO」になれないんだと痛感しました。